【エルドレインの王権】最終回 双子の灯の覚醒

2021年2月7日

目次

はじめに

王国から離れた僻境の森。

そこには、アーデンベイルの王ケンリスと、その妻のリンデン女王、そしてその子どもたちのウィルとローアンがいました。

しかし、悪党オーコの目論見により、崇王ケンリスは暗き森の中で、息を引き取ってしまいます。

現実を受け止められない双子に対し、リンデン女王がその口を静かに開くのでした。

その口からこぼれたのは、崇王ケンリスの過去、リンデン女王が探索行を終えられなかった理由、そして、”王家の跡継ぎ”たる二人が生まれた経緯…。

 

ケンリスの過去と双子の真実

「信じたくありませんでした。ずっと行方不明になっていた彼は、僻境の小屋で女と子供とともに暮らしていたのです」

魔女の小屋

 

リンデン女王の静かな物言いに、全く真逆の明るさでエローウェンが答えます。

 

「ああ、自分の探索の話だね、若かった頃の。アルジェナスは長いこと行方不明になってた。誰もが、死んだと思ってた」

 

女王は井戸へと向かいながら言いました。

 

「ある魔女が惚れ薬を使って、彼の記憶と心を奪ったのです」

 

そのまま井戸の桶から剣を引き抜くと、その剣先で小屋を示します。

 

「伝承魔道士さん、あれを燃やして頂けますか。あの日に自分でそうしようとしたのですが、魔女の呪いは死後ですらそれを許しませんでした。貴女の魔法であれば、それを越えて届くでしょう」

 

エローウェンが冗談交じりに承諾すると、小屋から猛烈な炎が上がりました。

すると、井戸から不気味な煙が立ち上り、見目麗しい女性の姿をとったのです。

それは悶えるように乱れ、必死に火を消そうとするかのように小屋を旋回しました。

 

「あの日、あなたがたのお父様は桶を井戸へと運んでいました。私の顔も、名前もわかりませんでした。だから、口づけをしました。真に愛していたからです。」

「彼は正気を取り戻しました。そして一年間を魔女の下僕として過ごしていたことを思い出したのです。運んでいた桶には、彼自身の幼子の血が満たされていました。ローアン、ウィル、その魔女があなたがたを産んだのです。」

「魔女は、延命の秘薬の材料にするためだけに子供を欲しがったのです。私が見つけた時には、あなたがたはもう死んでいました。魔女はそれを井戸に溜めて、不死の泉のように飲むつもりだったのです」

僻境には魔女がいる

 

淡々と語る母の姿に、双子は理解が追いつきません。

自分たちは魔女の子ども?そしてすでに死んでいた…?

動揺する自分の目に映る両手は、まぎれもなく生きた人間の手です。

 

「五つの騎士号を得るまでには、少なくとも一度は死に目に遭います。探索する獣はそれを知っていました。探索する獣だけが、それを振るう者を蘇生させる剣を鋳造できます。獣に選ばれた者には、一つの命が与えられるのです。」

「私は自分の剣の命を用いて、あなたがたを蘇生しました」

 

ウィルはようやく様々なことを理解しました。

だから母は自身の探索行を途中で辞めたのだと。

ほかならぬ、自分たちの命を救うために。

 

ローアンの頬をリンデンは優しく撫で、そして続けました。

 

「彼は正気を取り戻すと剣で魔女を殺し、井戸へと投げ込みました。そして恥辱と怒りで我を失ったまま、私の剣を手にして僻境へ分け入っていったのです。ただ名誉回復だけを願って。」

「ですが私には、母親を必要とする弱った幼子がいました。そのため、私があなたがたを連れ帰りました」

 

女王は息をつき、続けました。

 

「アヤーラが察した通り、秘密があります。彼は魔女の獲物となる前、探索の途中で死んではいませんでした。つまり、この剣の中には命があるのです。それを与えましょう」

 

女王は刃の腹を王冠にあてました。

すると魔法の炉から取り出されたように、剣が熱く輝きはじめました。

 

不意に、森の端に一つの影が現れました。

三本の長い首の先に三つの顔。

一つは怒り、一つは悲しみ、一つは笑っています。

どれが怒っててどれが泣いててどれが笑ってるんですかァ!?

 

エローウェンが叫びました。

 

「探索する獣! この目で見られるなんて!」

 

陽光が影を裂き、次の瞬間、獣の姿は消えていました。

 

剣の輝きが膨れ、黄金の光が辺りに溢れました。

横たわる身体が息をつき。

そしてついに。

その目が開かれたのでした。

 

「リンデン? ローアン? ウィル…?何があった? ここは?」

 

ローアンは震えています。

弾けるように泣き出すのかとウィルは思いました。

…が、そうではなく、その怖れと悲嘆が嵐のような憤怒へ変わるのがわかりました。

「どうして私たちに嘘をついてたの? それは子供たちに教えるべきことじゃないの? お前たちを産んだ母親というのは魔女で、そしてお父さんはその魔女と一年間一緒に暮らした後に殺した って!」

 

王は、リンデンの冷静かつ慎重な物腰、焼け落ちた小屋、そして子どもたちを見て察しました。

 

「お前が何もできなかった卑劣な出来事について教えたところで、良いことはないよ。それで私たちからお前たちへの気持ちが変わることはないが、その真実が明るみに出たなら、他の者たちからは大きく違ってくるかもしれないだろう。お前たちを守りたかったんだよ」

 

父は悔やむような笑みでそう締め、両手を差し出しました。片方をローアンに、もう片方をウィルに向けて。

ウィルの腕が震え、ですがローアンは両手を背中にやりました。

 

「私たちを守りたかった? 守りたかったのは自分たちでしょ!」

 

崇王は、真実の棘に刺されたようにひるみました。

 

「私たちを信頼してくれなかっただけじゃなくて、恥ずかしくて私たちにすら話さなかったんでしょ! 皆に知られて、完璧な、誠実な崇王じゃないって思われるのが怖かったんでしょ! お母様は大きな代償を払って私たちを救ってくれたのに、お父様は自分の名誉だけを気にして行った! 」

 

ローアンの両目が燃えていました。何か取返しのつかないことをしてしまうのではと、ウィルは慌ててその腕を掴みました。

 

「ローアン、落ち着け――」

 

その時。

きらめく稲妻の奔流がローアンの腕から走り、身体の奥深くへ織り込まれて眩しく輝きました。

骨まで染みる冷気がウィルの身体にうねり、その稲妻に届いて交じり合います。

光と氷が弾け、覆い、貫き、強い嵐がウィルとローアンを運び去っていきました。

まるで扉が開いたかのように、王国でも僻境でもない、全く見知らぬ場所へ。

 

さっきまで怒りの声を上げていたローアン、そしてその弟の姿はどこにもなく。

理解できない者たちが当惑に暮れる沈黙の中。

一人”理解している”ガラクの声だけが、静かに響いたのでした。

 

「これは予想外だ」

 

“プレインズウォーカー"ウィル&ローアン




覚醒した灯

唐突に目の前から消えた我が子に、静かながらに動揺が隠せないリンデン。

反対に、疲れきっていながらも信頼に満ちた笑顔のケンリス。

そして、ガラクにはそんな王と女王が我が子を心配する様子が、辛いほどに自らの父を思い出させるのでした。

 

崇王はガラクをまっすぐに見つめました。

 

「名乗っておりませんでしたな。私がアルジェナス・ケンリスです」

「崇王か」

「その通り、ですが今重要なのは、ウィルとローアンの父だということです」

 

王は優しい父親の笑みでそう付け加えました。

自身の父が息子のために身を投げ出したことを思い出し、ガラクは目に熱いものを感じるのです。

その日以来涙を流したことなく、けれど今その涙は当然かつ純粋なものに思えました。

10歳のころ、父との非業の別れを経験しているガラク

 

ガラクは、ウィル・ケンリスがあの川の中で手を放さなかったことを覚えていました。

あの若者二人はたった今、多元宇宙へ飛び立っていったのです。

自分たちの身に何が起こったのか、何処にいるのか、その全てが何を意味するのか…。

彼らには知るよしもないのでしょう。

 

「俺の呪いは解けた。行きたい所へどこへでも行ける。だから約束しよう、アルジェナス・ケンリスとリンデン・ケンリス。俺が二人を追いかけて、見守ろう」

「なぜ、そのような?」

「あの二人が俺を助けてくれた。だから俺もそうするつもりだ」

 

ガラクの内にこの僻境の地を探検してみたいという気持ちは沸き起こっていました。

手強く危険な怪物の気配もあります。

ですが今は、恩返しをするのが先決です。

ガラクは氷と稲妻が溶け合った軌跡を探り、掴み…そして、静かにこの世界を後にしたのでした。

 

めでたしめでたし

「あの二人は多くの若者が望むように、自分たちの探索に出発したのでしょうね。心配せずにはいられませんが、私自身が十八になった日を思い出します。ケンリス、あなたもでしょう。」

 

リンデンの言葉に、王は思わせぶりに笑いました。

 

「あの退屈な街を早く出たくてたまらなかったよ。あの二人も私たちと何ら変わらないということだ」

「今やあの二人の人生を歩むことを認めなければいけないようです。二人が怒ったのも当然です。もっと正直であるべきでした。」

「ケンリス、私たちも我が家へ帰りましょう。そして、アーデンベイル城にあなたの帰還を知らせましょう。あの子たちにはあの子たちの道を行かせるのです。時が来たなら、帰ってくるでしょうから」

 

ですが崇王は心配な様子で溜息をつきました。

それを見て、エローウェンが声を響かせます。

 

「あの二人は私が思ったより、ずっと強くて賢いよ。それにここはアーデンベイル城にも割と近い。何なら毎日グリフィンの騎士を送り込んで、二人が戻ってくるかどうか確認したっていい。けど今わかるのは、あの子たちはもう故郷を旅立ったってことだけだね。すごい技だよ!」

 

「エローウェン…君は変わっていないな」

 

「そのつもりだよ!」

 

女王が角笛を鳴らすと、グリフィンの騎士たちが到来しました。

そして、心からの喜びとともに王を迎えたのです。

王と女王…双子の父母とも呼べる彼らは、我が子がすぐには戻ってこないことがわかると、騎士たちとともに、アーデンベイルへと帰還したのでした。

めでたしめでたし

<完>




今回はここまで!

「むかしむかし」から始まり、「めでたしめでたし」に終わる。

まさに寓話のような壮大な物語ですね。

(公式では明言されていませんが、むかしむかしって探索行に出たころのケンリスなのでは…?違うのかな。)

 

今回出たプレインズウォーカーたちは、エルドレインの世界から他次元へと飛び立っていますので、次も確実に再録が来るでしょうね!

他次元にて、さらなる悪行に加担するオーコ。

王家の跡継ぎを守るために、ともに旅をするガラク…!?

めちゃくちゃワクワクする展開じゃないですか!

 

さて、エルドレインの王権のメインストーリーは以上になりますので、以降は恒例の(?)こぼれ話をいくつか。

 

次回もお楽しみに~♪

 

*出典*

『エルドレインの王権』物語ダイジェスト:第8回 めでたしめでたし