ヤヘンニの霊基体という生き様 前編【ストーリー】
はじめに
さて、前回で紹介の終わったカラデシュ~霊気紛争の物語ですが、メインストーリー紹介の関係で紹介できてなかった方がお一方。
それが、今回ゲートウォッチの仲間となり、影ながら支え続けた「ヤヘンニ」という霊基体です。
カラデシュ特有の存在である「霊基体」は…
・性別の概念がなく(本記事では便宜的に彼と称しますが)
・他者の感情を察知することができ
・そして自分の寿命とそれが終わる日を正確に知っている
…という特徴を持ちます。
慈善家であり実業家であるヤヘンニは、自分の寿命がわずか数十日に迫ったその日、カラデシュでは見ない風貌の女性たちと出会い、数奇なる運命を迎えることになるのでした。
ストーリーの始まりは、目の前で母を連れ去られたチャンドラが、パースリー夫人のつてをたどり、ニッサとともにヤヘンニの邸宅を訪れる場面から…。
異邦人との出会い
残る生涯は53日となった日のパーティにて。
ヤヘンニは思わぬ3人の来客を迎えたのでした。
一人は旧知の仲であるパースリー夫人。
もう一人は、時代遅れの服を身にまとった赤毛の女性。
そして最後の一人。
彼女の瞳に、ヤヘンニは魅了されたのでした。
その両目は果てのない、鮮やかな緑色でその中央から瞼までを満たしていた。居心地の悪そうな態度に反する鮮やかな美。こんなにも緊張した人物をこれほど興味深く見るというのも痛ましい。鮮やかな花で飾られた(本物だろうか?)衣服はまさに彼女だけに似合うものだろう。魅惑的な人物には興味を抱き、魅了されるものだ。
夫人から3人の紹介を聞いたヤヘンニは、彼女らを自分のパーティへと誘います。
そして、彼を魅了したエルフの女性ーニッサと二人きりで話す機会を創出したのでした。
居心地の悪そうなニッサに、ヤヘンニは紳士的に話をします。
「今このパーティーで貴女に寛いでいただくには、私に何ができますでしょうか」
「どこか離れた所に座れませんか?」
「可愛らしいお方、貴女のためでしたら私はこの都市の果てまでも行きましょう、純粋に精神的に。ただ貴女がお願いしてくれさえすれば良いのですよ。それと雨などでなければ」
彼女は私のこの言葉に笑った。少しだけ彼女は力を抜いた。
(中略)
「無遠慮かもしれませんが、貴女は街の女の子とは違う風に私を魅了する」
私はさらりと言った。エルフは小さな笑みを見せた。私は長椅子に座り直した。
「貴女は霊基体に初めて会う、そうではありませんか?」
「そうです。教えて頂けますか」
ニッサ嬢は柔らかく、真剣さとともに言った。
ヤヘンニは霊基体という存在について、ニッサに伝えます。
自分たちは霊気循環の副産物である知的生命だと。
そして、その寿命は四週間から四年程だと。
一通りのことを聞いたニッサは、カラデシュに辿り着いてからの疑問を発します。
「わからないんです、この都市にとっての自然はどんなものなのか」
「我々が、この都市です。私は霊気から生まれ、やがてそこに帰ります。自然は我々を取り巻いています、ただ、貴女が見ていたものとは異なる見た目かもしれませんが」
ニッサ嬢は小さな声を発した。明らかに、そのように考えたことはないらしかった。
会話が途切れている間、私はもう一人の客人へと無言で休憩室の方角を示した。
その沈黙は続き、私はニッサ嬢の目を見つめた。何をしているのだろう? その表情は混乱しているようだった。耳を傾かせ、何かを聞いているようだった。私に聞こえない何かを聞いているのだろうか? 彼女の口の端が笑みに上げられた。
「感じます。この世界の構造を。循環を」
いかにしてか、このエルフは我が故郷の自然を感じ取ってくれたらしかった。
霊基体の運命
しばらく経った後。
またも招かれていない客がヤヘンニ宅に訪れたのでした。
その正体は、チャンドラやニッサを追ってきた領事府の執行人たち。
「公的業務」と称してパーティを荒さんとする彼らを、逆にピア・ナラーが収監されている場所を聞き出すために「利用」しました。
ニッサ嬢が振り返り、私と目を合わせた。
「ありがとう、ヤヘンニさん。話してくれて」
私は頷いた。
「何も問題はありませんよ、お嬢さん。もし一か月の間に予定がなければ、またおいで下さい。人生最大のパーティーを開催いたします。その気がなくとも来て頂きますよ」
彼女は微笑み、そして去った。
パーティの中途。
ヤヘンニは、「同胞」とあったのでした。
その霊基体の寿命は、残り一分ほど。
ヤヘンニは、もう形もとどめられなくなっている同胞に問います。
「走り切ったか?」
その霊基体は私に顔を向け、そして私をざっと見た。話そうと懸命に力を込め、だが絞り出せたのは一言の断言だった。
「ったり前だろ」
瞬時に私は嫉妬に襲われた。私に残された時間はあまりに短い。私の生涯、この霊基体の生涯、我らが種の生涯は、痛ましいほどに短い人生の中にあまりにも多くの経験を追いかけ、詰め込む。こんなにも早く燃え尽きるというのは不公平だった。
次は私だというのは不公平だった。
やがてヤヘンニは心に誓います。
最後のその瞬間まで、その生を楽しみ尽くすのだと。
戻ったパーティ会場で、ヤヘンニは高らかに宣言します。
「今から一か月後、暦に印をお忘れなく。名高い賓客も平凡な有象無象も大歓迎です!」
友人らも客人らも歓声を上げた。私と同じだ。地位の高きも低きも、彼らは満喫している。
「発明博覧会の閉会後に人生最大のパーティーを開催致します。皆様方のご参加をお待ちしております。そしてこれを見逃すのは愚か者だと、皆様のご友人方にもお伝え下さい」
歓声。私は、まるでもう十年の寿命を得たかのように感じた。
(後編に続く)
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