【エルドレインの王権】第5回 オーコの陰謀
はじめに
前回までで、ヨルヴォ王の助けにより僻境へと足を踏み入れた王家の跡継ぎ一行のお話と、そこで訪れた別れについてご紹介しました。
さて、今回はやっとあの悪党が…!
大鹿の救援
タイタスが地面に崩れ落ちるのを見たウィルの体は、反射的に動いていました。
友を、安全な橋の上へ。
止めるローアンの手を振り切り、ウィルはリッチへと駆け出しました。
が、土の上に足を踏み入れた途端、凄まじい疲労感と、自身から流れ行く生命力を感じます。
死神の呪いでした。
その時、目の端に閃きが。
立派な大鹿が現れたかと思うと、それはリッチへと突撃しました。
勢いのままに騎士を地面に投げ出すと、吠え声を上げながら何度も踏みつけ、潰してしまったのです。
幻惑から解き放たれたウィル、そしてローアンが加勢し、そのリッチを切り裂きました。
ローアンは、その目に大粒の涙を零しながら。
何度も、何度も。
最後には、ウィルの氷の魔法によってその手を止められるまで。
エローウェンは、悲しい声でつぶやきました。
「馬鹿な子だよ。そんな無謀な勇気じゃなくてたくさんの知識があれば。下がりな、もう変化が始まってる。私が燃やすよ。そうしなければこの子も同じリッチになる」
ウィル、ローアン、そしてシーリスまでもが、かつての親友の最期を目の当たりにし、涙を止めるすべが見つからなかったのです。
「僕が間に合っていれば――」
言葉を詰まらせたウィルを、カドーが遮りました。
「ウィル、もういい。私たちにできることは何もなかった、死霊が現れたのだから」
苦々しく呟いたカドーは、自分たちを救った大鹿に目線を向けました。
その獣は川岸で彼らを見つめています。
そこで、向こう岸から命令のような笛の音が届きました。
大鹿は怒ったように頭を振り上げて駆け出し、けれど黒曜石の橋を少し進んだ所で立ち止まると、こちらを振り返りました。
引き返したがっている、そうウィルは感じました。
ですが笛が再び響くと、大鹿は橋を渡って行ってしまいました。
王冠泥棒、オーコ
一行は大鹿を追って、黒曜石の橋を渡りました。
その先の草地で、大鹿はこちらを見つめていました。
そして、その隣には巨大な斧を手にした大男が。
ウィルは、あの日に覚えた頭痛を再び感じました。
この男は知っている…だけど思い出すことができない…。
再び笛の音が響き、大男と大鹿は導かれるように森へと消えていったのでした。
一行が男と鹿を追おうとする中、ウィルは家ほどもあるドラゴンの頭蓋骨を見つけ言いました。
「あの幻視で見た頭蓋骨だ。あっちへ行けってことなんだと思う」
ローアンが偵察に向かうと、野外劇場となっていたその中からは、言い争う声が聞こえました。
議論の声の中には、多数のエルフたち、そしてなぜかロークスワインの従者と、アヤーラ女王の姿が。
どうやら、アヤーラ女王は毎年この時期には、秘密裏に冬至の狩りに参加しているようでした。
そして、彼らは何者かについての話をしているようです。
「あの余所者の身元を誰も知りません。それだけでなく、僻境を害する腐敗を持ち込んでいます。あれは私たちの友ではありません。崇王に魔法をかけたと言っていますが、連れて来ることはできずにいます。失ったものを取り戻すことには反対しませんが、あの者の言葉に従った結果、さらなる害悪がもたらされるような事があってはなりません」
エルフの言葉に、アヤーラが続きます。
「私は、アーデンベイル城との親善を提案します。リンデン女王との理解を深めるには最良の時です。もしもアルジェナス・ケンリスを発見して玉座を復興すれば、あるいは私たちの民にも――」
「融和? 降伏? 誰がそんなことを!」
不意の鷲の羽ばたきに、監視を疑ったローアンはウィルに合流します。
そして、エルフの冬至の狩猟のこと、アヤーラ女王がそれに毎年関わっていること、そして、崇王の失踪にアヤーラは関わっていなさそうだということを伝えました。
「女王じゃないなら、この事件を起こしたのは誰なんだ?」
「部外者がいるらしいのよ。僻境をさまよいながら、エルフに王国への攻撃をけしかけているみたい。アヤーラ女王はお母様との公的な交渉を求めていたけど、できなそう」
そんな話をしていると、双子は森の廃墟に着きました。
そして、そこでくつろぐ一人の男を見つけるのです。
「オーコさん!」
ローアン、そしてウィルの頭に、あの日の記憶が押し寄せてくるように蘇ってきました。
二人はこの男に「出会っていました」。
そう、あの締めつけ尾根でレッドキャップに襲われたあの日。
双子は、このオーコ、そして彼が「忠犬」と呼ぶ大男に助けられていたのでした。
なぜ、自分たちがその事実を「忘れて」いたのか。
それは全く不可解な体験でした。
ローアンはオーコに尋ねました。
「私たちの仲間を見ませんでしたか?」
「私はずっとここで日光浴を楽しんでいたんだ。君たちの仲間や鹿を見たと思うかい?」
オーコは微笑みを絶やさないままに、二人へと近づいてきました。
その時、自分たちが来た時にはなかった小道から、カドーとエローウェンが現れました。
「急いで進むなって言っただろう。こういう廃墟は移り変わる小道の迷路だ。すぐにここを出て――」
二人に声をあげたエローウェンは、そこで言葉を切りました。
「その男は何者?」
「ロークスワインのオーコさんです」
ローアンの説明に、エローウェンは冷たい疑念の視線でオーコを見つめました。
「あんたは何処にもロークスワインの杯の印を身に着けていない。オーコ、あんたの母の氏族は? 父はどの氏族の生まれだい?」
「何故それを尋ねるのかな」
「エルフは絶対にその質問に答える。そうしないことは恥辱だからさ。あんたはエルフじゃないね。思うに騙し屋か、魔女か」
その瞬間、オーコは蛇のように手を伸ばし、エローウェンの手首を掴みました。
「告発されるのは嫌いなんだよ」
冷たいその声と共に光がひらめいたかと思うと、エローウェンの姿が消え、代わりに一羽の鷲の姿が。
その鷲が飛び立つと同時に、オーコが鋭い口笛を吹くと、森の奥から狩人と大鹿が現れたのでした。
「忠犬、大鹿を捕まえるのに時間をかけすぎだ」
その言葉とともに、棘と茨の檻が、一行をとらえました。
「ここで失礼させてもらうよ」
オーコは優雅なお辞儀をすると、手綱になった茨を引っ張り、大鹿とともに森の奥へ消えたのです。
ローアンとウィルは、ここでやっと事の真相を理解したのでした。
あの大鹿こそが父なのだと。
オーコはエローウェンと同じように、父を変身させたのだと。
そして冬至の狩りの中で、エルフに狩らせてしまい、王国と僻境の間に戦争を起こそうとしているのだと。
今回はここまで
ついに、王家の跡継ぎたる双子が、今回の奇怪なる事件の真相を知った回でした。
そう!
大鹿が!
崇王ケンリスだったのさ!
「「「な、なんだってー!?」」」
いやはや…このあたりになると、ストーリー紹介もなかなか短くは収められませんね…。
次回は、オーコに忠犬呼ばわりされているガラクさんの活躍回です。
お楽しみに!
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